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2007年07月06日
【明日は我が街のレール】兵庫県の三木鉄道が2007年度中廃止決定【第3セクターの悲惨な現状】
三木市の財政再建を公約に掲げて当選した現市長=三木鉄道社長の決定だそうです。
交通よもやま話: 三木鉄道存続の危機と、公共交通軽視政策への不安
ちょうど、ABCのNEWSゆうで報道されていたので興味津々で視聴していたのですが、だいたいの流れは、
・1916年に厄神〜別所間が播州鉄道として開業
・1917年に三木まで全通
・1943年に国鉄三木線となる
・1974年に貨物営業廃止
・1981年に特定地方交通線第1次廃止対象となる
・1985年に第3セクター三木鉄道に転換
・2006年に前三木市長在職時、活性化策としてDMVの導入を検討
(三木駅と神戸電鉄粟生線三木駅は0.8kmほど離れており、両駅間の連絡と神戸電鉄乗り入れを視野に入れていた模様)
・2006年に現市長が当選、三木鉄道社長に就任
・2007年3月の市議会で三木鉄道廃止を決定
という事のようですね。
以下、画像にマウスカーソルを当てると付帯文が出てきますwので、本文と併せお読み頂けますと幸いです。
![]()
まず三木鉄道の前身は大正時代に河川水運に代って貨物を輸送する事を企図して設立された私鉄に遡りますが、戦時中の官民統合によって国有化され、国鉄三木線となりました。しかし、ローカル線にありがちなお定まりのモータリゼーションの波に抗えずに廃止か3セク転換かの問題を突きつけられた訳ですね。
しかし、なまじ路線が短い=銚子電鉄同様に絶対的な売上金額が少ない事や、三木市のハコモノ政策破綻のツケが回って来たのに加えて国や県からの補助も打ち切られ三木市単独では維持できなくなった模様。ちなみにいちご電車は南海時代に344、鬼太郎列車wの境線も結構乗ってるのに営業係数は300台前半だそうですので、そこから考えると悪い数値でもない気がしますが…。
かてて加えて少子化や学区整理の煽りで、全国的にローカル線の大得意様の高校生の利用も減少し、朝ラッシュ時でさえ軽快気動車1両で輸送力が足りてしまう様子です。アンケートの結果も、必ずしも鉄道存続が市民の総意となっていない事を如実に表していますねぇ。自動車社会となった地方都市での交通弱者対策と合わせて考え込むものがあります。
JR北海道が試験中のDMVを導入して三木鉄道の利便性を高める計画もあったようですが、このDMVは現時点ではマイクロバスを改造しており、客室内前部に関連機器を増設した事もあって着席定員がベース車より減って13名になっているのも改良の余地があるかと。そもそもJR北海道は鉄道路線や車両維持にかかるコストを軽減する目的でDMVを考えたようですが、既存の車体を改造しているというのも一長一短があるようです。現在試験中のDMVは2両連結して走行できるようですが、それでもキハ54形気動車1両分のの輸送力には及びませんので、投入線区の実態によっては、いつぞやの積み残し問題のような悲劇が繰り返されかねないでしょうね。
#日本の道路運送法や、実際の道路事情を鑑みると欧米のような大型バスや連接車体バスの導入は難しいと思いますが、フランスで試験的に導入されているTVR=道路区間はハイブリッドバス、1本レールの軌道区間では連接トロリーバスとして運行するようなタイプも考えてみてはどうかと。
ともあれ、三木鉄道は90年の歴史に幕を下ろしますが、類似の苦境に陥っている3セク鉄道も少なくないだけに、随所で問題化している自治体財政破綻や道州制実施といった地方自治政策の今後と合わせて考えるべき問題という気もしますね。
鉄道ファンである事でも知られる自動車ジャーナリストの下野康史氏の著作ですが、DMVについても触れられています。JR北海道もこうした過疎線区の存続について苦境に立たされているのは知られているところですが、一市民としてもDMVが花開き実を結ぶのを期待したいですね。
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投稿者 まぐろ : 2007年07月06日 20:50
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